2007年12月27日木曜日

Net Dance Japan の活動について(1)

そろそろ、僕らの活動について、紹介していきます。
メインは、というか、もともとは・・・やっぱあれですね。

インターネットを使った、新たなダンスパフォーマンスを研究/共同製作
していくことを目的にした、国際学会みたいなものがあり、
その日本チーム的なものとして、スタートした、と言えますね。
(いったん、固有名晒すのは避けます)

それがもう2~3年前かな?
たとえば、リアルタイムに、ダンサーの動いている動画をStreamingで
やりとりして、(まぁ、テレビ会議の、ダンスセッション版ってとこ)
外国のダンサーとこちらのダンサーで、コラボレーションしたりとか。

と言っても、最初は、首都郊外の某大学まではるばる行って、設備を借りて
大掛かりなセッティングを組んだものの、「つながらない、つながらない」
になっちゃうことが続いたりで、ダンサーがどうの、ダンスパフォーマンス
がどうの以前の、テクニカルなところで、あがいてたんですが。

それが、kabayanさんという、超強力な助っ人と出会えたことで、一気に
躍進!
つながらない心配はなくなったのみならず、渋谷駅から徒歩数分の
スーパー立地な場所を使えて、日本の日常に身を浸しながら、外国との
ダンスセッションを重ねること幾度。
「嗚呼、もうそんな時代なんだなぁ・・・」
としみじみ感じる余裕も生まれました。

立地はいいけど場所はやはり手狭なので、最初は、欧米チームはダンサーの全身の
映像を送ってきても、こちらは手のみ・・・から始めて、
→腕→上半身→脚のみ→と発展させ、最近やっと、こちらも全身映しての、
セッションを成立させられました。

それで、やはりインターネットを使った国際学会発表みたいなのに参加して、
双方、手のみの「どこでもダンスセッション」を、披露したり。
日本の日常に身を浸しながら、(画面を通じて)たくさんの欧米人の前での
発表に、またあらためて、
「嗚呼、もうこんな(略)」

そんなセッションなんかと同時に、日本サイド独自の活動も、発展させていこうと、
体制と、活動内容について、このたび、検討しなおした次第。

(つづく)

2007年12月22日土曜日

これから・・・

続けられるかどうか、自信がないせいもあって、 ががっと、連日書いてみたが、

仕事がくっそ忙しい中でも、これだけ書けたので、 これからも書いていけそうな、余裕を得たので、
ちょっとペースを落とす。

このペースだと、きっとすぐ息切れして、ネタもなくなり、結局続かなくなりそうだから。
これからは、週に2~3回更新のペースでいきたいと思う。

そして、まず今までは、書きたいことを自由に書いてみて、おのずと自論ばかりになったが、あのへんの自論は、Net Dance Japanの仲間にもあまり話していないし、Net Dance Japanの活動とも、むしろ遠い。
Net Dance Japanのような、活動に自分が参加した、そもそもの動機、原動力について書いたわけで。


これからは、Net Dance Japan自体の活動について、また、僕の実際の作品制作と連動させて、書いていきたい。

自論については、書けるときに書き溜めて、
(じっさい、既に自分のHPを造っていたのだが、↓
ほぼ工事中で放置していた。
index を見てもらえばわかるとおり、書きたいことは山ほどある。)
Net Dance関係のネタがないときに、穴埋めしていきたい。

あと、海外とのセッションとかやって、海外にパートナーもいるので、やっぱり、 英語でも書いていきたい。外務担当からは、それこそ、『続かないよ』と、忠告を受けたが、自論はともかく、特に、Net Dance関係で、重要と思えたとき、抄録だけでも、英語で書きたいと思う。
poor English だけどね

もう一つ!

造った動きを、すぐに、BVHファイルで、ブリーフケースに入れて、公開していきたい。
アドレスは以下↓
http://briefcase.yahoo.co.jp/bc/gekitora_umanosuke/lst?&.dir=/&.src=bc&.view=l

しばらく、そんな感じで、やってってみるさ。

not 『振付』,but 『コレオデザイン』(2)

前回、「コレオデザイン」という言葉を使ったが、その補足。
僕がそれを考えたのは、まったく独自だったけど、
googleなんかで検索すると、「choreodesign」という言葉は、「choreograph」とは別に、アメリカのダンス学校なんかでは、クラスの名前に使われているらしい。
おそらくは、ダンスに限らず、観せる身体運動全般(例えば、ピエロの動きや、クンフー映画のアクションなど)の、planing方法を、教えているのではないだろうかと想像する。
少なくとも、僕は、「コレオデザイン」という言葉を、そう定義している。
(あと、僕らはインターネットでリアルタイムに動画を送りあって、セッションをしたりしているが、その欧米のパートナーたちも、HPではNew ChoreoDesign Project とか、使ってる。この話もまた今度)

「振付・演出」も する、即興性を重んじる、「コンテンポラリーダンサー」は、「planingなんて、ダンスの本質じゃない」とか「可能性を狭める」と言うだろう。
だが、僕は逆だと思う。
むしろ、「コンテンポラリーダンス」などという狭いジャンルの枠を超えて、あらゆる既存の動きの中から、新たなものを再構成していく、その可能性を開くのだ。

ダンスを始めた当初から思っていた。
日本舞踊とジャズダンスを融合した振付があっていいだろうに、なぜないんだろう?
暗黒舞踏のように体をくねらせながら、バレエみたいにくるくる回ったっていいじゃないか。
音楽なら、伝統音楽との融合なんて、いくらでもあるのに・・・。
と。

これから、「コレオデザイン」によって、それが実現されるのだと、確信する。

もう一つある。「デザイン」と「アート」の違いだ。
昔は、その違いなんて、たいしたものに思えなかったし、どちらかというと、「アート」のほうが格が上に思えた。学生の頃、バイト先で知り合った芸術系専攻の奴から、「ソニーに就職が決まった、カセットテープ(当時!)のデザインとかやる」と言うのを聞いたときには、なんてつまらない仕事だろう、と思ったのものだ。
だが、社会を知るにつれ、「現代のアート」がいかに社会と噛み合っていないかを思いしらされ、
そして、工業デザイナー川崎和夫を、たまたまテレビで見たときの、彼の主張、
「デザインとは問題解決のことだ」
また、建築、都市計画を学んだが、失望し、国際的なプロ社会活動家になった伊勢崎賢治さんが、大学の講義では「社会デザイン」という言葉を使う。

「社会そのものをデザインする」!?
衝撃だった。
ダンスが、あまりにもアートの方向でのみ、ものを考えているのは、間違いなのだ。
閉じこもって製作でき、他人に売らせる絵画や彫刻とはわけが違う。
観客の存在がなければ、ダンスを成立できない、その時点で、ダンスは一種の社会活動なのだ。
社会といかに噛み合うか、「デザイン」の考え方が、もっと必要なのだ。
そして、「アート」と、「デザイン」は、両立できる。ファッションや音楽、その他いくらでも例はある。
ダンスだってそうなれる。

今では、「アート」は、社会と噛み合わないからこそ、「武士は食わねど高楊枝」で、格が高いようにみせているだけなのだと、わかる。日本のダンス業界も、まったく同じだ。
しかし、食わないで生きていけるならいいが、絶滅してしまうかもしれない。淘汰されるかもしれない。

必要なことは、発信し、循環を生み出していくこと。そのための基盤造り。それには、やはり、ITしかないのだ。

世界の文化芸術の中心地たろうとするフランスの国策=助成金が出されるからこそ、
『コンテンポラリーダンス』は、発展したし、世界的に影響を与えもした。(経済基盤からして、名前だけとってつけた『「日本の」コンテンポラリーダンス』とは比べものにならないのだ)
だが、その本家本元のフランスでも、助成金は少なくなる一方だという。
おそらくそれは、国が期待したほどの、面白い芸術にはならなかったからだろう。
だからこそ、これからなのだ。
助成金に依存する必要の無い、そして、「コンテンポラリー」「ダンス」などという言葉で無理にジャンル分けせずとも、真に同時代的で、社会に噛み合う身体運動表現が、活発に創造され、流通するようになるのは、これからなのだ。

そのための、「コレオデザイン」。
そのための僕ら、Net Dance Japan だと、僕自身は思っている。

恥ずかしげもなく言うが、礎になりたい。
後ろに道を造るために、前へ進みたい。

2007年12月21日金曜日

not『振付』,but『コレオデザイン』(1)

前回、『振付の理論』という言葉を使ったが、実のところ、今は
その言葉を使ってない。
まず『振付(choreograph)』という言葉だが、原義は『動きを記述する』ということ。
だが、動きの記述法が普及せず、「ビデオでいーじゃん」の現代では、
もはや原義を離れて使われている。
自称『振付・演出』 も! する踊り手で、即興にちょっと観念的な方向性をつけることまでも、
『振付』という人は多い。
そういう人に、「振付の理論」と言っても、「ああ、フォーサイスね」としか言われない。
「フォーサイスのは単なる自己陶酔の美学だ。僕の言ってるのは、音楽で言えばコードの理論、絵画で言えば遠近法や色彩の理論にあたる、普遍的な法則性だ。そういう理論が普及してこそ、本当に面白い作品が量産されるようになり、音楽やイラストレーションと同じくらい、ダンスも社会的認知と経済循環を生むようになるのだ!」などと激昂しても、理解不能なまま引かれるだけだ。

さらに、『理論』という言葉。ダンスを「研究」している人も、決して少なくはないのだが、皆さん、主観に権威付けするために、いかに簡単に自論に『理論』という単語を当てはめていることか・・・。
そういう人たちに、「限界まで客観的になってこそ、ぶつかり合う議論で発展していけてこその、研究だろ、理論だろ!」・・・などと激昂しても(略)

そして、それが決して日本だけのことではないことも、わかってきてしまった。

結局は、別に、自称『振付・演出』家兼ダンサーたちや、自称研究者たちの人格の問題ではないのだ。
動きが空間と時間合わせて四次元な上に、関節の数もいっぱい、それに照明、音響、衣装、そして「ライブ性」の問題・・・基本的なものだけでも、考慮すべき要素が多すぎる中で、みんなの共通認識を得られる切り口を見つけること自体が、至難の業であるということだけだ。
(ラバノーテーションこそが、その切り口足りうる、という自論はまた今度)

そんな現状で、もはや、自分の考えに、『振付』という言葉を使うのは適切でなく、客観的な『理論』として打ち出すことも虚しい。
『振付(choreograph)』よりも、『コレオデザイン(choreo-design)』というべきだろう、と思うに至った。
厳密な『理論』でなくていい。ただ、『配色辞典』とか、『コード進行スタイル・ブック』とか出版されているように、せめて、動きのパターンだけでも抽出し、共有できるようになるべきだろう、と考えるに至った。

僕としては、厳密に正しいかどうかではなく、ただ、今までよりも、「見せる」身体運動を考える上での、便利で共有=意見交換しやすいツールを創りたいだけなのだ。

だから今はもう、『振付の理論』ではなく、『MPL(Movement Pattern Language/運動パターンを表す言語)』と言いたい。

これからは、自分の作品発表と同時に、その動きをMPLではいかに表せるか、いかにパターン抽出し、説明できるかを、示していきたい。

NetDanceJapan基盤班とは、これとは別に、ネット上でやりとりできる、動きの言語の構築を目指してもいるが、MPLに関しては、まだ僕だけ。
いずれ基盤班にアピールするためにも、実行班として、説得力ある実例を提示できるよう、がんばって作り出し、準備しなくてはいけない。

2007年12月20日木曜日

実績造り

Net Dance Japan の、言わば『実行班』として、
この一年くらいは、実績造りのチャンスだ。

今まで、自分には、まだ、まとまった実績と呼べるものがなかった。
リアルでは、振付けるダンサーも音楽作りにも、すべてプロを雇って、3年かけて、10分間未満の小作品一個を作ったりするような、そんなペースだったから。
それは、作品を作りつつ、振付の理論を構築するためで、必然でもあったのだが、お金がかかることも、ダンサーとの関係が大変だったのも事実だ。
理論はもう、ほぼできた。後は、いかに世に出すかだ。

この一年は、僕自身の作品造りとしては、セカンドライフで、アバターに振付ける作品で、まとまった実績を作りたい。
今の時期、これはチャンスだ。
なぜなら、
・セカンドライフならではのダンス=宙に浮いた状態で、どの角度からでも見られることを想定したものというのは、まだ誰もやっていない。⇒独自性
・セカンドライフ内では、、「アニメーション」(=振付)が、単独で成立して売買されている。⇒音楽、そしてその著作権等の制約が無い
・現在セカンドライフでは、最大30秒間のループが、「アニメーション」をアップロードできる制約となっている。。⇒30秒ループの、超小作品を多数発表することに、必然性がある。
・その超小作品を発表しつつ、そのそれぞれに、僕の本来の目的であるところの、『振付理論』の解説を、冗長にならず、添えることができる!
等々・・・
そして、

・お金がかからない。ダンサーとの関係がなく、純粋な「振付」のみとして、発表できること

やはり、これは大きい。

2007年12月19日水曜日

やっていくさ

これから、ブログをつけていく
本格始動、ネットダンスジャパンの、第一歩
今までも、自分独りで、ブログをつけようとしたり、HP造ろうとしたり、したこともあった
でも続かなかった
今回は、続けられると思う 仲間がいるから
独りで、書きかけていたこと、飽和していた自論を ちょこちょこと書き出して、
たまったら、またあらためて、まとめて発表とか、していきたい

食い扶持の仕事が忙しくて、時間がとりにくいのが、口惜しいが、
それをも踏まえて、承知の上で、みんながサポートしてくれるというから

本当にありがたい。
ずっと、ほとんど独りだった。
サポートすることはあっても、また、
イベントごとにサポートしてもらえることは多々あっても、
共通のビジョンを実現すべく、共に歩んでくれるようなサポートは、ほぼなかった
これからは違う、らしい
それは、本当に本当に、
素晴らしいこと 凄いこと

嬉しい
やっていけるさ
がんばるさ

2007年12月18日火曜日

感謝!

Kabayanさん!ありがとうございます!
これからは、私はGekitoraでいきます。

今後ともよろしくお願いします。

2007年12月17日月曜日

test

test