2008年1月1日火曜日

新年の、初雑記

新年あけましておめでとうございます。

前回の続き・・・
は今度にして、
雑記書きます。

27日に仕事おさめで、それから、大晦日まで、
なかなか会えない親しい人に会って、サシ飲みの忘年会などしつつ、後は、
ほとんど呆けたようにしてた。
もともと、ボーっとするのも、寝るのも好きなほうだけど、
今回は特に、そんな時間が、必要に感じて。

っていうか、抑鬱状態だった4年くらいの間に、それまで省みなかった、瞑想、そして呼吸法が、自分に必要だと確信し、実践するようになり、それからは、睡眠も、瞑想の一種という感じで。惰眠をむさぼるというよりは、充実した、休息以上の何かを得ている感じがするようになった。

ヨガ、気功、整体・・・等々、いろんなものを勉強し、取り入れ、自分にあった、独自のメソッドを創ってきたが、中国武術の站樁を知って、一つ完成形に、なった気がする。
どんなに仕事で忙しいときでも、わずかな時間でも、站樁だけは欠かさなかった。逆に、わずかな時間でどこでもできる、站樁という技法が、本当に素晴らしいと思う。(詳しくはまた今度)

年末も、ボーっとしつつ、睡眠をとりつつ、ずっと站樁で、いわば動く瞑想行をしてた。
身体レベルで、自分の人生の、総括をしてた感じ。

去る年の4月から、SE業に就いて、9ヶ月間。初めてのお勤めということもあるが、忙しかった。けっこうしんどかった。これからもあの日々が続くと思うとうんざりするが、続けれられる確信も感じる。

SEに向いているとは全然思えない。コンピューターは、純粋に、手段。
Net Dance Japanの活動含め、わが道を切り開くために、どうしてもIT技術を身につけるしかないという、結論に至ったから。まずはSE業で、コンピューターの基礎知識、全体像の把握、そして、トラブルシューティングの習慣を身につけられれば、次の段階は、プログラマーになって、プログラムの技術を身につけること。それだって、あくまで手段。まだまだ先は長い。

先日、kabayanさんに会ったときに、いろいろな、言葉をいただいた。
その一つ。
僕が、「仕事だと、集中的に技術も学べるが、雑用も多い。直に自分の役に立つこと以外のものに時間、労力を割かねばならないのが苦痛」と愚痴を言うと、
「役に立たんなんて、なんで分かる?経験そのものには、いいも悪いもないぞ。良し悪しは、経験を活かせられるかどうかにある。」
はい、その通り。言われてみれば、当たり前。でも、体現者から、そういう言葉をもらえると、やっぱり、効く。その日から、随分、気が楽になった。
実際、今、文章書いてても、連日、報告書やら業務メールやら、どっさり書かなきゃいけないのが、うんざりもしたけど、やっぱり、確実に、慣れにもなってる。もはやあんまり、メンドクサイとか、感じない。

そして、確かに、今まで、やりたいことだけやってきたせいで、目をそらしがちだった、自分の悪いところに、否応無く、目を向けさせられている。これも、客観的に見て、いいこと。感情的には、若干、キツいけど、この機会に、改め、習慣化させるべきと思える。

そして、何より、Net Dance Japan によって、もはやもう、出るものは出揃ったと思えるのだ。
後は、如何に安定して、仕事で技術を身につけつつ、同時に、成果物を発表していけるか、だ。

上京した当初は、身一つだった。身一つでも、道は開けるかと思った。結局は、思い知らされた。独りでは何も出来ない。だからといって、既存の権威にへつらうのも、既存の癒着関係に参入するのも、論外だった。死んでも嫌だと思った。結果、道を失い、長い長い抑鬱状態に突入した。

あの頃は、生き急いでいた。
あの頃より、時間は少ないが、もう、急がない。

ただ、緻密に省みながら、やっていくだけ。
昔は冒険のつもりだったが、もはや冒険ではない。
いくら独自でも、目指す場所がまだ視界に入らずとも、安定して歩んでいくことが勝負だ。

紅白も、年越しも、自分の身体としては、必要性も必然性も無い。だからテレビも見ない。
去年の初めパソコンを買って、置き場所の関係でテレビをどけてから、もはやつないでもいない。
(総合格闘技の大会はちょっと気になるが、あとでyoutube で見れるさ)

年末あんまり何もする気がおこらなかったから、このまま正月休みも終わるかと心配になったが、
大晦日の夕方くらいから、いろいろ活動するようになった。
無気力だったわけではなく、体が、瞑想によるさらなる充実を求めてた感じ。そして、得られた感じ。

正月は、しっかり活動して、成果物も一個は完成させたい。

あと、遅めの大掃除も、しなくっちゃぁ・・・

0 件のコメント: