3月いっぱいで、超激多忙の現場から、脱ける。
時間がないと、何もできないことを、思い知らされた。
気力自体も、落ちる。
外務班のH氏からも、指摘された。
「メールも減ったし、G氏独特の勢いみたいなのもなくなったよね」
と。
はい、おっしゃるとおり。このブログの更新回数も落ち込んだし。
でも、その間やはり働いてはいたわけで、事を成している充実感はあった。
充実感はあったが、同時に、疲れてくると効率が激しく落ちる現実も感じた。
つまり、その時間、好きなことをやれたとしても、「この程度しかやれないだろうな」
という、見切りもついた。
「気合」が、いくらあってもダメだ。いかに緻密に効率よくスケジューリングし、
それを着実にこなせるよう、バランスをとれるか、だ。
だが、それでもなお、やはり、
怒りを抱くことは、間違いではないのだ。
僕は自分の活動を、芸術活動というよりは、業界に働きかけるための社会活動
だと思っている。
そして、僕の尊敬する、というか、魂の恩人の一人、サウル・アリンスキーの言葉にも、
「社会活動の原動力となるのは、優しい献身の感情よりも、むしろ不正に対する憤りだ」
という旨のことがある。
憤りは、やはり、困難な状況を打開するには欠かせない、エナジーなのだ。
「そんな大それた事を考えず、他人と較べず、目の前のことを一つ一つやっていけば、自然に
世のためにもなるんですよ」
みたいな、いかにもな日本的精神は、僕は間違いだと思う。というか、村社会的な限られた
条件の中でしか成り立たない。
大きなビジョンを持ち、周囲に苛立ちを感じるからこそ、目の前のことを一つ一つやる
気力がわくのだ。
もちろん、実作のペースが遅くて、恥ずかしくもある。
あまり偉そうに言えないと痛感することもある。
思い知らされ、角がとれてくるのも人生だと思う。
その現実も、直視していこう。
それでも、このブログ上では、怒りを隠さない。
変化も隠さない。
実績が、かなりできたその時、
怒りが怒りのままであれば、今のスタッフとも、袂を分かって活動するほかないと思っている。
実績を武器に、敵ができて当然なくらいの激しい主張を、僕は、業界に
ぶつけていくつもりだから。
渾身の一撃に、酔いしれていてはいけない。
手数を出し切ることこそ、重要だ。
ハードパンチャーでなくとも、勝鬨の上げ方次第で、周囲を引き込める。
僕の尊敬する、モハメド・アリは、そうして、ライバルとも、社会とも戦った。
サウル・アリンスキーのもう一つの言葉。
「社会に働きかける最も有効な手段は、それが何であれ、好ましく思える成果を上げることだ」
アリンスキーの著作が、一冊も翻訳されてないこの日本でも、
彼の説いたことは真実でありつづける。
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