2008年2月20日水曜日

リアル振付とアバター振付

さてさて、それでは、
ダンサーに振付の活動を行ってきた経験と、
今回、アバターに振付た経験とを比較してみよう。

そもそも、「アバターに振付」という時点で、本当はおかしい。
「ツールを使っての身体運動アニメーション作成」とでも言うべきなのだ。
それを、「アバターに振付」と、言って違和感ないくらい、僕の中では、
かけ離れてはいない体験だったわけです。

その上で、違いをあげるとすると、
まず何より、
「ダンサーに振付けるときは、そこに、特定の人体という大きな素材性があるが、
アバターにはない」
ということ。
もちろん、アバターはアバターで、作りこめば相当に個性も出るだろうが、
今回の企画からして、特定のアバター用ではなく、多くの人に共有してもらって、
動きの素材として使ってもらうためだから、
それに適するように、シンプルで、幾何学性を強調するようにした。
ダンサーに振付けるときには、単純さや幾何学性よりも、「微妙ないびつさの連続」を、意識することが
多かったように思う・・・。
でも、それは「人体/アバター」というよりは、作品として、独自性を強調するか、
汎用性を強調するかの、企画の違い・・・かもしれない。

そして、そんな違いを越えて、「こだわり」の発生、「細かな動きへの執着」は、ほぼまったく
同じだった。
何度も繰り返し動きを見て、
「違う!ここはもっとこうなんだ!」と、大枠から、細かい部分へ向けて、「詰めて」いく
感覚。それは、ダンサーに口頭で指示し要求していくのと、自分の手でデバイスを操作するのと、
手段は違えど、感覚には、違いはなかった。

アバターかダンサーかということよりも、
今回は、「セカンドライフ内ならでは」の動きということで、宙に浮く動きを
多く入れたわけだが、こちらのほうが、「違い」「違和感」
を感じた。
何より、自分に、宙に浮く実体験がない。そうすると、
「こんなのがいいなあ」という漠然としたイメージはあっても、
「もっとこうだ!」というこだわりは生れにくかったように思う。
(ただ、これも、使っているツールが、そういう動きをつくるのに適して
いないから・・・そのせいかもというのも感じた。だから、オリジナルに
ツールをつくりたくなった)

実のところ、
「SLならでは」「共有してもらうため」の、作品作りということで、
いわば「意図」が前提としてはっきりあり、それを実現すべく、
やや肩に力が入っていたと思う。
「頭に自然に浮かんだ、やりたいアイデアを実現する」=
これまでの、ダンサーへの振付
とは、結果できたものに対する、親しみは、アバター振付では、やはり薄く、
冷めているかも・・・
と、思っていたのだが、
ふと、先日、ただ思いつくままに(宙に浮かそうとかせず)、アバターに、
ダンサー振付と同じく、微妙にいびつな動きの連続をつけてみたところ、
自分が激しくのめりこむ、&自分で見て面白く感じることを発見し、
びっくり。
ダンサー振付に、さらに近い感覚を得た。

そうすると、結局のところ、「ダンサーかアバターか」ということよりも、
「独自性か汎用性か」という、企画の方向性の問題なのかもしれない。

というわけで、
他にもいろいろ、無くはないが、結論を出すには、ちょっとまだ経験が
少ない気がする。
「動きを詰めていくこだわりは不変」ということで、ひとまずの結論と
しておきましょう。

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